北海道は、もともとアイヌの土地として、存在し、札幌市も同様にアイヌの土地でしたが、1869年に石狩国札幌郡として、開拓直轄地になりました。これをきっかけに、北海道開拓使時代が幕開けし、6年後の1875年には、屯田兵が入轄し、本格的な開発が始まりました。札幌市の名の由来は、アイヌ語の「乾いた大きい」という語からきており、以前は豊平川が、乾季に水量不足になることが多かったためと言われていますが、その真意は、現在も謎に包まれています。1869年以前、江戸時代の洪水で、大きく水路が東に変化し、豊平川の元流は、現在の伏龍川にになっています。ハッシャブ、シノロ、ナイホウが現在の札幌市となり、札幌市の街並みを見るとわかるように、京都同様、区画整理された美しい通り、東西に分割された道路は、この時代に作られたものです。当時の主半官であった『島義男』は、石狩本府を南一条通りに設置し、南一条通りを基礎として南北に分割し、大友堀りで東西に分割し、徹底した区画整理を行いました。開拓使時代には、北海道の土地を利用した農作物の生産が盛んに行われ、現在の北海道の特産物の基礎を作りました。また、本州からの距離を考慮した加工食品の開発には目を見張るものあり、多くの地元グルメを生みだし、食において北海道ブランドという確固たる価値観を築きあげました。1971年には、札幌地下鉄が開通し、大都市としての存在を明確にし、1972年にはアジアで初めての冬季オリンピックが開催されるなど、国際都市としての存在も築き上げ、今後も日本の国際都市としての発展が期待されます。同庁所在地として、石狩振興局の本部であり、全国4位の人口を誇る札幌市は、開発の時代を経て、これからも新たな先陣をきって時代を切り開いていく都市のひとつといえるでしょう。